いとしのアニー

何だかまだ未練たらしく言ってるかなぁ・・・でもね、エルダにめぐり合えたのはアニーのおかげだしね。だから隠しファイルなんか作っちゃった。今でも忘れられない、たった5ヶ月の命だったね。本当にごめんね。

1997年の12月20日(土)逝っちゃった。病気でも何でもない健康な子だったのに交通事故でね。夕方旦那からの電話で車を飛ばして現場へ行ったけど、本当にどうやって行ったか覚えていない。ただ姉ちゃんを連れてったことだけは覚えてる。

旦那はグタッとなったアニーを抱えて陸橋の下にいた。本当に長かったろうね、私たちが車で到着するまでの間。歩いて行くより時間かかっちゃったかもしれない。本当に心細かっただろう、って思う。

アニーの体を抱きかかえて運転を彼に任せた。ゴジラの映画の最後のように耳から血を流したアニーの鼓動が消えて行く。お医者さんまで頑張って!でもどんどんアニーの体が重くなる。

連絡しておいた医者が迎えてくれる。横抱きから立て抱きに抱き変えようとした時、アニーの頭がガクッとなった。

「先生ダメだよ、もう・・・」

セーターがアニーの血で染まった私を通りがかりの人たちが振り返る。

診療室で先生が心臓マッサージを試みる。でもダメなの分かってた。姉ちゃんも泣き出す。私も・・・旦那がどこにいたのか、よく覚えていない。待合室にいたんだろうか?責任を感じて最期に立ち会うことが出来なかったのかもしれない。

「残念だけど・・・」

ありがとうございました、と治療代を出すが、先生はお花代にしてと返してよこす。5年生のねえちゃんに先生は言葉をかけてくれた。


私たちの寝室にアニーを寝かす。と突然

「長野に埋めよう」

って旦那が言い出した。アニーがまだ一度も行ったことの無かった長野の家。穂高の山のふもとにある。2時間で着いた。

翌朝、アニーの為に穴を掘る。昔の人はお墓を懸命に掘ることによって少しでも悲しみを和らげたに違いない。昔川原だったこの家の庭に穴を掘るのは時間がいった。そして1メートル以上もの穴を掘ってそこにアニーを埋葬しようとしてダッコした瞬間のことは今でも覚えている。

これ以上冷たくなりようがないってほど冷たい体になっちゃった・・・

それからの日々はみーんな泣いて暮らした。どこに行っても泣いていた。クリスマスもお正月も我が家には関係なかった。一体いつまでこんなことが続くんだろう。

そしてある日旦那が言った。

「こんな状態じゃもう2度とY公園へ行くことは出来ない」

そして、アニーの血つながりの子を探して貰うことになった。

思いの外、はやくその子は見つかった。
東京に大雪が降った日にエルダはうちの子になった。


何年も会ってないのに何かあると連絡する友人が私にはいる。
そんな彼女からこんな手紙が来た。

1998年1月5日

Dear ○○、
 年賀状ありがとう。毎年楽しみにしています。26年続いてる版画も、○○家の日常を彷彿とさせる文面も。ただ、今年はずいぶん悲しい知らせです。

 ○○に話したことがあったかどうか・・・私も最初の自分の犬を交通事故で亡くしたの。小学校三年でした。私の後を追いかけて国道を横切ろうとしたシェパードの小犬ルイザを、群バスがはねて。キャンという声で振り返るとボロぞうきんのようになった小犬の体があって、それを抱えて土手をころがり下って家へ。今でもよく覚えていて涙が出てくる。
 
 皆が慰めてくれたけど、自分の不注意で死なせてしまったという自責の念と、やる方ない怒りは納まらず、その後一年以上も国道を群バスが通るのを見ると、走っていって石を投げました。運転手はブレーキをかけなかったから。

 自責の念はその後も長く続き、夜がとっても辛い時には、おばあちゃんの布団にもぐり込んで、いつも同じ話をしてもらった。天国か、何処かに大きい御堂があって、無数のロウソクが燈っていて、長いのもあり、短いのもあり、その一つ一つが生きとし生けるものの寿命なんだって。「お前の小犬のロウソクは最初から短くて、誰もそれを変える事は出来ない。お前の小犬は命を授かり、元気に幸せに生きて寿命を全うした。それを嘆いてはいけない。」と慰めてくれたおばあちゃんも翌翌年には亡くなり、私はそのことをずーと考えていました。

 「ルイザの代わり」はいらないとがんばって5年、遂に我慢しきれなくなってボンを買って貰ったのが中三。ボンと暮らすうちにこの犬が「ルイザの生まれかわり」と信ずるようになり、古傷が完全にふさがりました。

 とりとめのない事を、又傷に塩を塗るような事を書いてしまったかもしれないけれど、私のメッセージは「本当に悲しみの後には大きな癒しがあると私は信じている。」ということです。

 親子四人、肩寄せ合って頑張ってください。1998年、寅、○○さんちにイイ事、楽しい事がいっぱいありますように。


彼女の言うとおり、我が家には大きな癒しが訪れた。

アニーが我が家に来た日(1997.10.17)

アニーと一緒にお空で遊んでるお友達

五右衛門 020719没

カーブ 041209没

トム060127没